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去る4月10日、大阪地方裁判所で橋上義孝河内長野市長を被告とする裁判(通
称:日野谷裁判)が開かれ、市長を『敗訴』とする判決が言い渡されました。
この裁判は、原告である産廃業者(本社:松原市)が、河内長野市日野地区(関
西サイクルスポーツセンターより北東約1.5kmの地点)において、埋立て面
積: 甲子園球場の16.5面分、埋立て土砂量:10tダンプ25万台分、工事期間:8年に及
ぶ西日本最大級の建設残土処分場(捨て場)を作るため、許可申請を市に提出し
たが許可されなかったため、大阪地方裁判所に「不許可処分の取り消し」を求め
る裁判を提訴したものです。
「建設残土」とは、道路工事などで土地を掘削することにより生じる土砂を言
い、産業廃棄物などが含まれていないのが原則。 しかし昨今、全国各地で建設残土がヒ素やダイオキシンなどの有害物質や産業廃
棄物が混入したまま埋められ社会問題になっています。 この建設残土処分場計画の発端は昭和52年まで遡ります。当時は建設残土では
なく産業廃棄物の処分場としての計画だったため、市議会でも問題となり計画は
白紙になってしまいました。
その後、平成8年に今度は宅地開発をしたいと同じ業者が近隣自治会に申し入
れましたが、宅地開発を制限すべき市街化調整区域でもあり断念しました。翌平
成9年、今度は現計画である残土処分場として計画変更した上で、近隣自治会に
対し再度説明会を開催しましたが、「飲み水が汚染されるおそれがある」「業者
が信用できない」との理由で反対を表明しました。
平成10年、河内長野市独自の「土砂埋め立てに関する規制条例」が制定されま
した。業者はそれに基づき事前協議を市担当部局と進めました。一連の流れから
見れば、この時点までは市は残土埋め立てを許可する方向で協議していたように
思えます。
平成12年4月、産廃業者は本申請を提出し市は受理しました。それを受け近隣
自治会を中心とした反対運動が全市的に本格化、埋め立て反対署名約6万人分
(最終約9万人分)が市議会に提出されました。 市議会では「埋め立て反対」を全会一致で決議、市長も埋め立てを許可しない
旨を表明し、業者に通知しました。そして同年9月、不許可を不服として業者が
市長を提訴したのです。 今回の裁判の争点は、土砂埋め立て規制条例に基づき提出された「許可申請
書」に添付された書類に不備があったかどうかという点です。
市は許可書を受理した時点で、条例で必要とされている書類が不足していること
を理由に、11項目に及ぶ追加書類(土砂を採取する場所の特定やダイオキシン検
査の実施)の提出を業者に求めました。 業者は、「条例に基づいて書類は完璧に提出した。」と主張し追加書類を提出し
ませんでした。書類の追加義務が条例上生じるかどうか、業者の手続きに不備が
あったかどうかが争点になっています。 第一審判決では書類手続きの不備が認められず市が敗訴しました。しかし本来
は書類の有無ではなく、埋め立て計画そのものの中身において建設残土が安全か
どうかを争うべきです。中身で勝負すれば負けることはなかったとしまだは考え
ます。 この度の4月臨時議会で控訴するかどうかが審議されました。結果
は全会一致で 控訴を決定しましたが、
@条例を作る時点で本来規制を強化すべきだった が、市の怠慢で許可しやすいハードルの低い条例を作ってしまった。
A市の担当 者が事前協議の段階から業者に甘い対応をとってきた。
B担当弁護士の力量不 足。などを しまだは敗訴の原因として指摘しました。いわば条例の不備や担当者の対応の杜
撰さを業者につかれた結果、敗訴にいたったともいえるのではないでしょうか。
「日野谷埋め立て」は土砂を採取した跡地の埋立てと異なり、自然の沢を埋める
ため、景観を大きく変容させるほか周辺環境に大きな影響を及ぼします。特に、
河内長野市民12万人はもとより富田林市や羽曳野市など、下流域50万府民が飲用
水として利用している石川の上流に位置していることから、飲み水の安全を確保
するためにもこの埋め立てを断じて許してはなりません。
このたび市は控訴いたしますが第二審がいかなる判決が出ようとも最高裁まで
争われるのは明らかです。長ければ2〜3年はかかるでしょう。しまだも市議会議
員の立場で勝訴に向け精一杯バックアップしていきます。

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